2011年12月29日

山形の漬物文化を未来の日本に。

壽屋のある東根市を始めとして、山形県内陸地方は「東の山形、西の京都」と言われるほど昔から漬物文化が独自に発達してきた地方です。漬物師範・横尾昭男(弊社社長)は昭和五十二年からのおよそ二十年間、山形県内陸地方の漬物上手なおかあさん達を取材し、各家庭に伝わる漬物を伝授してもらい、タウン紙「サンデー情報」に掲載していました。その中から、当時漬物名人として掲載された天野さんとともに、長きに渡って継承されてきた漬物文化を改めて振り返ってみました。

保存食として継承されてきた山形の漬物文化。

漬物師範・横尾昭男
山形県内陸地方は、江戸時代、最上藩のお家騒動から始まり、二百年間で二十回近くも領主が頻繁に入れ替わった。しかも細かく分割支配されて、政治的には荒廃し、加えて恵みの多い海も遠く、冬は雪に閉ざされる立地条件から、領民の生活は豊かさにはほど遠い地方だった。とはいえ、食べ物を確保しなければいけない訳だから、特に寒い冬の間の保存食について、人々が非常に真剣に考えていろんな方法を編み出し、あげればキリがないほどなのだが、それが食文化としてしっかり根付いている。私はこの地方で漬物屋をしようとして、幸いなことに漬物の技術が全くなかったために、各家庭を歩いてそこに伝わる漬物の技術を習ったんだ。本場だから漬物の種類が本当に多くて、それを長年に渡って収集してきているんだ。
CRW_0295

時代に応じて変わる漬物の漬け方。

漬物名人・天野みよさん
私の漬物はお姑さんからの受け継ぎだべな。昭和三十六年に山形市から東根市に嫁にきて、すでにお姑さんがいろんな物を漬けていたので、習うというより見よう見まね。目方計るなんてごどもあんまりしないっけし、「いい塩梅ぐらい入れで見ろ。」ってして見せて、そいづば覚えるんだべした。でも、受け継いでる部分もあるけど、今はだいぶ違ってきてるな。例えば、青菜はまずは洗う前に塩漬けをして、塩漬けしてから洗うようになた。いっぱい漬けるから洗うの大変だからね〜。もうちょっとこうした方が楽だなって思うから、いろいろと改良してやってんなよ。お茶のみしながら、お茶置きの漬物持ち寄って、友達とおいに漬け方教えっこすんなよ、きゅうり一キロで塩なんぼ入れるどが…。秤でちゃんと計って漬けるようになったのは、結構最近だな。お姑さんから習ったのは、ただ大根漬けとか、きゅうり漬けとかなんだよな。
CRW_0258
漬物名人・天野みよさん
横尾
昔、終戦後まもなくは、塩はあったどは思うけど、今みたいに、醤油とか砂糖とか酢とかその他いろんな調味料が豊富にあった訳ではなくて、みんな塩漬けだったんだ。塩いっぱい入れるか少なく入れるかで、発酵の度合いも変わってくるし、それによって各家庭ごとに味が変わってきてたんだ。それが、昭和四十年代になってだんだん品物も豊富になってきて、しかも酢や砂糖等いろんな調味料が出てきて、漬物にも豊富に使えるようになってきた。
天野
んだね、これなんか、去年の夏に採ったきゅうりを塩漬け保存してた物、今でもぱりぱりとうんまぐ食べられるよ。おんなじきゅうり漬けでも、家によって味は微妙にというか、全く違ってくる。不思議なもんだな〜。おらいでは冷蔵庫を使って梅の漬物を作るんだ。その昔は冷蔵庫なんてほだい使わねがったけど、いろんな物を入れるし、漬物材料用の冷蔵庫を買ってから重宝してるんだ。月賦で買ったんだげっとよ(笑
CRW_0312
横尾
最近漬物用の冷蔵庫を持っている人が多い。しっかり重さを計るようになって、冷蔵庫を使うようになって、進化してきているんだ。時代に応じて漬け方が代わってきている。野菜もいろいろと新しいものが入ってきて、変わってきてるし。
天野
今年の夏はゴーヤ流行ってだがら、しそ葉の酸味や酢みそでゴーヤ漬けてみたりもしたのよ。なんとかして取っておいで全部食べようと思ってよ。新しい野菜だから自分で研究したんだ。ゴーヤは、切ってただ置いておくと黒くなるから、酢水さ漬けると色悪くならねから、そこからヒントを得たんだ。
横尾
酸味が多いと色が悪くならない。要するにペーハーが低いと酸化しにくくなるから。
天野
ちゃんと虎の巻さ残しておくんだ。きゅうり漬けだけでもいろいろとあるから、野菜ごとに分類しているんだ。辛子漬け、ぱりぱり漬け、きゅうり煮、佃煮みだいにシコシコと煮て食べる方法もあるし。大根漬けもいろんな物があるんだ。こうやって書いてる人も結構いるんだよ。
横尾
山形県内陸地方は、こういう風に熱心な人が多いから、漬物文化が発達してるんだ。
CRW_0256

漬物文化を通してみる、日本の伝統。

天野
ただ、お嫁さんとか今の若い人にはなかなか伝えられないな。教えたい気はあるけど、今の若い人はその気がないみたい。今の三十代四十代で、家で漬物ここまで本格的に漬ける人はなかなかいない。
横尾
サンデー情報の取材を受けた時は、天野さんは三十六歳だべ。結構若いうちにみんな漬物漬けっだんだな。お姑さんから聞いてね。受け継いでたんだちゃんと。誰も継承しなくなってくるので、大変貴重な物になってくることは間違いないべな。
天野
近頃の人は買って喰った方がじょさないんだものね。
横尾
昔から受け継いできている物なんだろうと思われているけども、脈々と続いて、昭和、平成、と時代を経て進化してきている。受け継いで、一代の間でも自分なりに苦労して考えて、うちにある材料もいろいろと使って進化してきている。天野さんに教えたお姑さんの時代でも、一代でだいぶ進化したはずなんだ。これはすごい事なんだ。日本の生活習慣、食文化の伝統が崩壊してきていると思う。漬物文化は典型的なひとつ。今この転換期をどう乗り切って未来の日本に伝えていくかが大きな問題になっている。
CRW_0233